大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)13522号 判決

原告

中山辰之助

被告

川原正裕

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一三六三万三二六五円及びこれに対する平成四年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、横断歩道付近を自転車で走行していた原告が、被告の運転していた自動車に衝突され負傷したとして、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成四年八月五日午後八時三五分ころ、大阪市北区大淀南三丁目一二番九号先路上の交差点(以下「本件交差点」という。)内において、横断歩道の脇交差点寄りを自転車に乗つて進行中、南から北方向へ進行してきた被告の運転する普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  被告は、被告車両を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  原告は、本件事故によつて傷害を負つた結果後遺症が残り、自動車保険料率算定会調査事務所により自賠法施行令二条別表障害別等級表所定の一二級七号の認定を受けた。

4  原告は、自動車損害賠償責任保険及び被告の任意保険から合計四五七万〇五四四円について支払を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様

(原告の主張)

原告は、対面する青信号に従い本件交差点を横断していたところ、制限速度時速三〇キロメートルのところを時速約四五キロメートル以上で進行してきた被告車両に衝突された。

(被告の主張)

本件事故は、原告が夜間無灯火及び飲酒の状態で信号無視のうえ本件交差点に進入したために発生した原告の一方的過失によるものである。

2  原告の損害

3  過失相殺

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様について

1  甲第四号証の一ないし五によれば、大阪府大淀警察署の捜査では、被告の「本件事故現場の一つ手前の交差点(鷺洲北公園前交差点)の信号を青から黄に変わる時に右折し、その先で信号待ちの車や駐車車両のためいつたん速度を緩め、そして走り出し本件交差点の手前で青信号を見た」との供述に基づき、実際に被告の走行経路を走行したところ、事故現場交差点手前約一〇メートルで信号が黄に変わり、二回実施しても同じ結果であつたこと、これに対し、原告のした二度の供述は、一回目は信号については覚えていない、二回目は停止線手前で赤から青に信号が変わつたのを確かめて進んだというもので、供述内容が異なり信用性が薄いとしたうえ、総合的に判断すると、本件交差点進入時に被告側の信号は青か黄で、原告側が赤であるとしたことが認められる。もつとも、甲第四号証の二によれば、本件交差点の信号周期は六〇秒、鷺洲北公園前交差点の信号周期は六一秒で、一時間に一回は始期が一致するものの、それ以後は一秒ずつずれていくことが認められるから、右捜査結果のみによつては本件事故当時の信号表示を明らかにすることはできないというほかない。

2  しかし、甲第四号証の三、四、乙第一号証によれば、本件事故直後に行われた実況見分の際、被告は、警察官に対し、対面信号が青であつたと説明していること、被告は、警察官の二回の事情聴取に対してもいずれも対面信号が青であつたと供述していることが認められるほか、被告は当裁判所の本人尋問でも本件交差点進入時に対面信号は青であつたと供述しており、その供述は一貫しているうえ、大阪府大淀警察署が本件事故当時の信号表示についてした捜査結果とも矛盾するものではないということができる。

3  これに対し、乙第三号証の二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件交差点はしばしば通行しよく知つた場所であり、本件事故当時人を待たせていたので少し急いでいたこと、本件事故当時本件交差点付近は交通量はあまりなく、本件事故直前は他に車両はなかつたこと、原告は、本件事故後救急車によつて病院に搬送された際、かなり酒を飲んだ様子で呂律が回つておらず、酩酊状態だつたことが認められ、これらによると、原告は、酩酊状態で十分な判断能力を欠き、かつ、交通閑散に気を許し、信号を確認しないで本件交差点に進入した可能性があることは否定できない。しかも、甲第四号証の三、四によれば、原告は、警察官の第一回目の事情聴取に対し、信号表示についてはよく覚えていないと供述したが、第二回目には停止線手前で赤から青に変わつたのを確かめたと供述するようになり、一貫していないことが認められるほか、証人太田秀作の証言によれば、原告は、本件事故後病院に入院した当初、同証人に対し、信号が赤だつたか青だつたかよくわからないと言つていたことも認められる。

4  以上によれば、本件事故時の本件交差点の信号表示は、被告側の信号が青で、原告側の信号が赤であつたと認めるのが相当であり、本件事故は、原告が赤信号表示を看過または無視して本件交差点に進入したために発生したものであるということができる。

もつとも、甲第一号証の三ないし六、乙第一、第二号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告車両が走行していた道路は制限速度が時速三〇キロメートルであり、被告車両は、本件事故直前時速約四五キロメートルで走行していたこと、本件交差点は見通しが悪く、特に原告が進入してきた左側にはブロックが積み上げてあり、一層見通しが悪くなつていることが認められるから、被告にも、制限速度違反と前方不注視の過失があつたというべきである。

二  原告の損害について

原告が本件事故によつて受けた損害は、一六四一万五九五三円と認められる。その内訳及び理由は以下のとおりである。

1  治療費等 二四二万八三四四円(原告主張どおり)

甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、行岡病院に対し治療費として一〇九万三九七〇円を、川村義肢株式会社に対し下肢装具代として二四万〇〇四三円を、また国民健康保険への償還として一〇九万四三三一円をそれぞれ負担したことが認められる。

2  入院雑費 二九万三八〇〇円(原告主張どおり)

甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、両下腿骨骨折及び右鎖骨骨折等の傷害を負い、平成四年八月五日から平成五年三月六日まで及び同年一二月一三日から同月二四日までの合計二二六日間行岡病院に入院し、右期間に雑費として一日あたり一三〇〇円を下回らない支出をしたことが認められる。

3  休業損害 三一五万八九八四円(原告主張どおり)

原告は、本件事故当時、軽食喫茶店を経営するとともに、新聞配達もしており、売り上げが一か月に七〇万円くらい、手取りが三〇万円くらいあつたと供述するところ、弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時五三歳であつたことが、また、甲第七号証によれば、原告は、平成三年分の所得税として、大淀税務署に八一万円を納付していることが認められるから、原告は、本件事故当時、賃金センサス平成二年産業計・企業規模計・男子労働者・小学新中卒・年齢五〇歳ないし五四歳の平均年収額五一〇万一九〇〇円を下回らない収入があつたものと認められる。そして、前記のとおり、原告は、平成四年八月五日から平成五年三月六日まで及び同年一二月一三日から同月二四日までの合計二二六日間行岡病院に入院したものであるところ、右期間原告は就労が不能であつたと認められるから、原告の本件事故による休業損害は、三一五万八九八四円となる。

計算式 5,101,900÷365×226=3,158,984(円未満切捨て)

4  逸失利益 六三三万四八二五円(原告主張六三七万二六八一円)

甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は右肩関節、両膝関節、右足関節の運動制限の後遺障害を残して平成六年二月三日症状が固定したものであるところ、右後遺障害は自動車保険料率算定会調査事務所により自動車損害賠償保障法施行令二条別表障害別等級表所定の一二級七号に該当するとの認定を受けたことが認められる。そして、原告は右後遺障害により労働能力の一四パーセントを前記症状固定の日から原告が就労可能であると認められる六七歳になるまでの一二年間にわたつて喪失したものと認められ、新ホフマン方式により年五分の割合により中間利息を控除すると、原告の後遺障害による逸失利益の本件事故時における現価は六三三万四八二五円となる。

計算式 5,101,900×0.14×(9.821-0.952)=6,334,825(円未満切捨て)

5  慰藉料 四二〇万円(原告主張四九五万円(入通院二七五万円、後遺症二二〇万円))

甲第一号証によれば、原告は平成五年三月七日から平成六年二月三日までの三三四日間のうち一四一日行岡病院に通院したことが認められ、右事実及び原告の受傷及び後遺症の程度、入通院期間その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するには、四二〇万円が相当である。

三  過失相殺

本件事故の態様及び前記原告の過失の程度に照らせば、原告の前記損害から過失相殺として八割を控除するのが相当である。

四  結論

よつて、原告の総損害一六四一万五九五三円から過失相殺として八割を控除すると、三二八万三一九〇円(円未満切捨て)となり、更に、原告が自動車損害賠償責任保険及び被告の任意保険から受領した四五七万〇五四四円を控除すると、原告の損害はすべて填補されたことになり、もはや、原告は被告に損害の賠償を請求することはできないというべきである。

(裁判官 濱口浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例